東京地方裁判所 昭和57年(ワ)1244号 判決 1983年9月20日
原告
原忠孝
ほか一名
被告
伊藤千恵子
主文
一 被告伊藤千恵子は原告原忠孝に対し、金七八九万三五〇〇円及び内金七一七万三五〇〇円に対する昭和五六年一〇月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告伊藤千恵子は原告原フサエに対し、金六五九万四四二〇円及び内金五九九万四四二〇円に対する昭和五六年一〇月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らの被告伊藤千恵子に対するその余の請求をいずれも棄却する。
四 原告らの被告伊藤達男に対する請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、原告らと被告伊藤千恵子との間においてはこれを五分し、その四を原告らの、その余を同被告の負担とし、原告らと被告伊藤達男との間においては全部原告らの負担とする。
六 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自、原告原忠孝に対し、金七二九〇万四七九四円及び内金六九五〇万四七九四円に対する昭和五六年一〇月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告らは各自、原告原フサエに対し、金六九一五万五七五八円及び内金六五七五万五七五八円に対する昭和五六年一〇月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五六年一〇月二九日午後一〇時一五分ころ
(二) 場所 東京都世田谷区瀬田五丁目四一番東名高速道路入口交差点(以下、本件交差点という)
(三) 加害車両 被告伊藤千恵子(以下、被告千恵子という)運転の普通乗用自動車(品川五八ほ一六一七号、以下、被告車という)
(四) 被害車両 亡原孝博(以下、亡孝博という)運転の原付自転車(杉並区か五三一四号、以下、原告車という)
(五) 事故の態様 原告車が本件交差点内を瀬田方面から甲州街道方面へ向けて直進中、甲州街道方面から岡本町方面へ右折しようとした被告車と衝突し、亡孝博が転倒した(以下、本件事故という)。
(六) 結果 本件事故により、亡孝博は、翌三〇日、頭蓋内損傷等により死亡した。
2 責任原因
(一) 被告千恵子
被告千恵子は、被告車の所有名義人であり、これを自己のために運行の用に供していたところ、前方不注視の過失により本件事故を発生させたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という)三条ないし民法七〇九条により損害賠償責任を負う。
(二) 被告伊藤達男(以下、被告達男という)
被告達男は、被告千恵子に被告車の購入資金を提供し、被告車を経済的に支配して自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により損害賠償責任を負う。
3 損害
(一) 原告原忠孝(以下、原告忠孝という)
(1) 医療費 金一五万二三〇〇円(昭和五六年一〇月二九日分)
(2) 交通費 金三万二八〇〇円
(3) 雑費 金八〇〇〇円
(4) 葬儀関係費 金二八五万八六三六円
(5) 帰国費 金六九万七三〇〇円
原告忠孝は、本件事故当時米国出張中であつたが、本件事故発生のため、急拠帰国することを余儀なくされ、交通費として金六九万七三〇〇円を要した。
(6) 固有の慰藉料 金五〇〇〇万円
(7) 弁護士費用 金三四〇万円
(二) 原告原フサエ(以下、原告フサエという)
(1) 固有の慰藉料 金五〇〇〇万円
(2) 弁護士費用 金三四〇万円
(三) 亡孝博の損害
(1) 逸失利益 金三六五一万四〇一六円
亡孝博は、本件事故当時大学一年に在学中であつたので、昭和五五年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計の男子新大卒者全年齢の平均賃金四一〇万八七〇〇円を基礎にし、生活費を五割控除し、ライプニツツ式計算法により中間利息を控除して稼働可能な二二歳から六七歳までの逸失利益の現価を計算すると、次のとおり金三六五一万四〇一六円となる。
4108,700×(1-0.5)×17.774=36,514,016
(2) 慰藉料 金一五〇〇万円
(3) 相続
亡孝博の父母である原告忠孝及び同フサエは、(1)、(2)につき二分の一ずつ相続により承継したので、各金二五七五万七〇〇八円の損害賠償権を取得した。
(四) 損害のてん補 金二〇〇〇万二五〇〇円(原告ら各金一〇〇〇万一二五〇円)
(五) 請求額
以上によれば、原告忠孝の請求額は合計金七二九〇万四七九四円、原告フサエの請求額は金六九一五万五七五八円となる。
4 よつて、被告ら各自に対し、原告忠孝は右金七二九〇万四七九四円、原告フサエは右金六九一五万五七五八円、及び弁護士費用を除く各内金に対する事故の翌日(死亡日)である昭和五六年一〇月三〇日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2(一)のうち、被告千恵子が被告車の所有名義人であり、運行供用者であることは認めるが、民法七〇九条の過失があることは否認する(詳細は後記抗弁のとおり)。
同2(二)の被告達男が被告車の運行供用者であるとの点は否認する。
3 同3は争う。ただし、原告らと亡孝博との身分関係は認める。なお、仮に損害が認められるとしても、慰藉料、葬儀関係費及び雑費は社会通念上相当な範囲で認められるべきである。また、亡孝博の逸失利益の算定は、賃金センサス高専・短大卒のそれによるべきである。
三 抗弁
1 免責
原告車及び被告車の進行していた道路は、センターラインをはさみ、共に右折車線が二車線、直進車線が二車線、左折車線が一車線ある広い道路である。被告千恵子は、青信号に従い交差点に進入し、前車に続き右折を開始し、センターライン上で一旦停止し、対向直進の二車線上に対向車がなく、左折車線上にトラツクが一台いるのを確認したので、時速約一〇キロメートルの低速で右折を開始し、対向左折車線と直進車線を分けるラインの延長線上に差しかかり、ほぼ右折を完了しかけたところ、原告車が通行区分を無視し、対向左折車線を制限時速三〇キロメートルを超える四〇ないし五〇キロメートルの高速度で直進してきた。そこで、被告千恵子が急ブレーキをかけて被告車を停止させたところ、亡孝博は何らの回避措置をとることなく、被告車の右前部フエンダーに原告車の右ハンドル部分を衝突させ、転倒した。
以上のとおり、本件事故は亡孝博の一方的過失に起因するものであり、被告千恵子に過失はない。そして、被告車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。
2 過失相殺
仮に、被告千恵子に過失があるとしても、亡孝博の前記重大な過失を充分斟酌すべきである。
四 抗弁に対する認否及び反論
1 免責の主張は争う。交差点内においては、右折車である被告車は対向直進車である原告車の進行を妨害してはならない(道路交通法三七条)義務がある。そして、被告千恵子から対向車線の見通し状況は極めて良好であつたから、原告車が左折車線又は左折車線に接する直進車線上を時速三〇ないし四〇キロメートルで直進していたとしても、このことは被告千恵子の過失の存否を左右するものではない。従つて、被告らの主張は失当である。
2 過失相殺の主張は争う。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求の原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。
二1 請求の原因2(責任原因)(一)のうち、被告千恵子が被告車の所有名義人であり、運行供用者であることは当事者間に争いがないから、被告千恵子は自賠法三条により損害賠償責任を負う。
2 原告らは、被告達男も自賠法三条の運行供用者責任を負う旨主張するので、この点につき判断する。
(一) 成立に争いのない乙第二号証、被告千恵子及び同達男各本人尋問の結果によれば、被告千恵子は家庭の主婦であり、独自の収入はないこと、被告車の購入代金は被告千恵子名義の手形で決済されているが、実質的には被告達男の収入から支払われたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。
(二) 他方、被告千恵子及び同達男各本人尋問の結果によれば、被告達男は、被告車以外の乗用車(ベンツ)を所有してこれを自己のために運行の用に供しており、被告車を自己のために使用したことはなく、被告車は専ら被告千恵子が使用していたこと、被告千恵子は、本件事故後被告車を処分し、その後自動車の運転をしていないこと、被告車には被告千恵子名義で対人賠償保険金五〇〇〇万円の自動車保険が付されていることがそれぞれ認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(三) そして、被告達男が被告車の購入資金を実質的に負担したとしても、未成年の子に対し監督すべき立場にある親の場合とは異なり、夫は妻の自動車運転について監督すべきであるということはできないし、右(二)の事実関係を合わせ考えると、被告達男を被告車の運行供用者と認めるに足りる証拠はないというべきである。
三 そこで、抗弁につき判断する。
1 免責の主張について
(一) いずれも成立に争いのない甲第四号証の一ないし八及び乙第一号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第三号証の一、二並びに被告千恵子本人尋問の結果によれば、抗弁1記載の道路状況及び事故直前の被告千恵子の運転状況が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) また、右各証拠によれば、原告車は、五車線ある道路の通行帯のうち左端の左折車線を時速約四〇キロメートル(なお、原付自転車の制限速度は三〇キロメートル)で直進してきたこと、被告千恵子は、本件交差点で右折を開始するに際し、一旦対向直進車線に対向車がないことを確認したものの、時速約一〇キロメートルで右折を開始した後、対向左折車であるトラツクの方(被告千恵子からすると右斜め前方)に注意を奪われて、対向車線方向への注意がおろそかになつたこと、事故当時、被告車の二台後方に位置した自動車に乗つていた石渡政秀は、対向直進してくる原告車を事前に発見して被告車との衝突の危険を感じており、従つて、被告千恵子が対向車の有無、動静に十分注意していれば、原告車との衝突を回避することは可能であつたことがそれぞれ認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 以上の事実に照らすと、被告千恵子に過失がなかつたとは認め難いから、被告らの免責の主張は理由がない。
2 過失相殺の主張について
過失相殺の判断は、当該裁判所の裁量に委ねられているところ、前項(一)及び(二)の事実その他諸般の事情を斟酌すると、本件における過失相殺率は三〇パーセントが相当であると思料する。
四 損害について判断する。
1 亡孝博
(一) 逸失利益
成立に争いのない甲第三号証及び原告フサエ本人尋問の結果によれば、亡孝博は昭和三六年六月二四日生まれの男子で、本件事故当時は二〇歳で、産業能率短期大学一年に在学中であつたことが認められ、他にこれに反する証拠はない。
そこで、最新の統計資料である昭和五七年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計の男子短大卒者の全年齢平均賃金三八四万〇八〇〇円を基礎にし、生活費を五割控除し、ライプニツツ式計算法により中間利息を控除して稼働可能な二一歳から六七歳までの逸失利益の現価を計算すると、次のとおり金三二七〇万一九一五円となる。
3,840,800×(1-0.5)×(17.981-0.9523)=32,701,915
(二) 慰藉料
本件事故の態様、亡孝博の年齢、前記のとおり被告千恵子には過失があるのに同被告はこれを認めようとせず頑なに争つている事実その他諸般の事情を考慮すると、亡孝博の死亡に対する慰藉料は金九〇〇万円が相当と認める。
(三) 合計 金四一七〇万一九一五円
(四) 相続
原告孝博び同フサエが亡孝博の父母であることは当事者間に争いがないから、法定相続分は各二分の一となる。
2 原告忠孝
(一) 医療費 金一五万二三〇〇円
証人松田省三の証言(以下、松田証言という)により真正に成立したものと認められる甲第五号証の一ないし三、第六号証及び同証言により認める。
(二) 交通費 金三万二八〇〇円
松田証言により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一ないし四及び同証言により認める。
(三) 雑費 金二〇〇〇円
松田証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証及び同証言により認定し得る雑費金八〇〇〇円のうち、金二〇〇〇円を本件事故と相当因果関係がある損害と認める。
(四) 葬儀関係費 金八〇万円
松田証言により真正に成立したものと認められる甲第九号証の一八、一九、二〇、二五の一、二七、二八及び同証言によれば、原告忠孝は、金八〇万円を超える葬儀費用を要したことが認められるが、そのうち金八〇万円を本件事故と相当因果関係ある損害と認める。
(五) 帰国費 金六九万七三〇〇円
松田証言により真正に成立したものと認められる甲第一三号証の一ないし三及び同証言により認められる。
(六) 固有の慰藉料 金二〇〇万円が相当と認める。
3 原告フサエ
固有の慰藉料 金二〇〇万円が相当と認める。
4 過失相殺
以上1ないし3の認定を覆すに足りる証拠はないところ、右各金額に前記判示の割合で過失相殺をすると、原告忠孝が金一七一七万四七五〇円、同フサエが金一五九九万五六七〇円となる。
5 損害のてん補
原告らが各金一〇〇〇万一二五〇円の損害のてん補を受けたことは当事者間に争いがないから、これを前項の各金額から控除すると、原告忠孝が金七一七万三五〇〇円、同フサエが金五九九万四四二〇円となる。
6 弁護士費用
本件事故と相当因果関係ある損害と認め得る弁護士費用は、原告忠孝につき金七二万円、同フサエにつき金六〇万円と認める。
五 結論
以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告千恵子に対し、原告忠孝が合計金七八九万三五〇〇円及び弁護士費用を除く金七一七万三五〇〇円に対する本件事故発生の翌日で亡孝博の死亡日である昭和五六年一〇月三〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告フサエが合計金六五九万四四二〇円及び弁護士費用を除く金五九九万四四二〇円に対する右同日から完済まで右遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから認容し、原告らの被告千恵子に対するその余の請求及び被告達男に対する請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 芝田俊文)